カスタマー平均評価: 5
裏切りに伴う痛みを描いた秀作 秋山 香乃名義で出版された「新選組 藤堂平助」の前身であり、時間的に「歳三 往きてまた」の前に位置する作品である本書。 「新選組 藤堂平助」というタイトルよりも、こちらの方に惹かれるものを感じた。黒地に、オレンジ色で書かれた「裏切者」の文字が、どことなく哀切を訴えている気がしたのである。 新選組の四天王と言われながら、伊東甲子太郎について御陵衛士となった平助。新選組入隊から末期までが、数々の痛みとともに展開される。 土方歳三に焦がれながら、裏切らざるを得なかった平助。 藤堂平助を信頼していたのに、裏切られてしまった土方。 裏切った者の痛みと、裏切られた者の悲憤が巧く描かれている。 他に、山南、永倉など、平助と深く関わった者たちの心情も。 橘の実が切なさを更に増す。 実際の藤堂平助がどういう理由で新選組を出たのか、どれほど土方たちを慕っていたか、ということは別としても、読み物として想像力を働かせて読める良い作品だと思います。 ただ、リメイク版が出版されたということは、こちらはもう手に入りにくいと思うので、図書館で、或いは誰かに借りるか、リメイク版「新選組 藤堂平助」を、「歳三 往きてまた」と合わせて読んで欲しいと思う。リメイク版をすでに読まれた方は、読み比べてみるのもいいかもしれない。 時代の最前線で葛藤する漢(おとこ)たち 新選組を題材にした小説は、絶版も含めてもう読み尽くしたかなと 思っていた筆者が、半日で読み切り、読後はため息つくしかなかった ほど、惹き込まれてしまいました。 主人公は、新選組創設者13人のひとりでありながら、後に加盟する 伊東甲子太郎に引っ張られて、新選組を離脱する藤堂平助。彼と、 18歳の時に浪人を殺した現場を見られて以来、関わりを持つ、 後の新選組副長・土方歳三との兄弟愛のような関係と、葛藤が 主題です。 土方歳三ラブの筆者には、事実関係で異論もあるのですが… それ以上に、平助を弟のように思いやりながらも口には出さない 照れ屋の部分と、上京して新選組副長の土方歳三として過激に 非情になる部分と、大将である近藤勇の純粋さに心底惚れつつも 雇れる隊士の懐具合やら組の金策を気にしなければならない 現実感と卑小さにもがいている、歳三さんが多面的で複雑な リアルさをもって見えます。そして、兄のように慕っていた 歳三さんに、野心家で冷徹で非情な側面を見た、平助君の とまどいや、それでも嫌いになれないという部分も。 長州や薩摩の倒幕はの心情や思想などに対する理解も、時代を 俯瞰する感覚も只者ではないと思うのですが、居合修行中と いう作者の描く剣戟シーンもまた、息を呑むものがあります。 さらに言えば、歳三さんをかばって傷つき、再起不能となって 鬱々とする総長・山南敬助と、恩義を抱きながらも隊のためには 脱走した山南さんを処分しなければならない歳三さんとの 葛藤と、最期の別れが、辛くも、また印象的。 新選組ファンには、ぜひ読んで欲しい一作です。
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